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ワクチンのおはなし

ワクチンについて

集団免疫について

  • 2020.06.26

集団免疫 herd immunity ~社会全体の感染症に対する抵抗力~

 集団免疫とは、ある感染症に対する社会全体の抵抗力のことをいいます。感染症は人から人に感染するため、集団免疫が低いと、ひとからひとに感染し、社会全体でより多くのひとが感染してしまいます。逆に集団免疫が高いと、感染の広がりが小さくなり、社会全体を防衛することになります。

たとえば、妊娠中に予防したい病気のひとつに風疹(三日ばしか)があります。妊婦さんが風疹にかかると、赤ちゃんに障害が残ることがあるため注意が必要です。本来であれば、妊婦さん自身がワクチンで風疹を予防できればよいですが、残念ながら妊娠中は生ワクチン(リンク)である風疹ワクチンを接種することができません。しかし、家族や職場、さらには街全体のひとりひとりが風疹ワクチンを打ち、集団免疫を高めることで妊婦さんに感染することを予防することができます。この考え方を、繭(まゆ:cocoon)のように守るという意味で、コクーニング(cocooning)と呼びます。感染症に弱い人たち、もしくは、なんらかの事情でワクチンを打てない人たちを、周囲のひとたちが守る、というイメージです。

集団免疫を高めるには?

そもそも集団免疫はどのようにすれば、高めることができるのでしょう?そのためには、ひとりひとりが抗体を持つことが重要です。抗体とは、ある感染症と戦うための免疫の記憶のことで、病気にかかるか、ワクチンを接種することで獲得することができます。感染症の中には、病気になることで命を失ったり、大きな後遺症が残ったりするものがあるので、ワクチンで抗体を得る方が安全です。ワクチンを接種すると、体の中に免疫の記憶(抗体)が残るので、いざ本物の病原体が体に入ったときに、体はその記憶をもとに戦います。これによって、病気が軽くすんだり、病気自体にかからずにすむのです。

ワクチンによる集団免疫

一例として、麻疹(はしか)があります。麻疹は紀元前8000年から3000年ごろに中東で定着し、欧州では一般的であったとされます。しかし1492年にコロンブスが新大陸に到達、16世紀にスペイン人らがカリブ海、メキシコ、中米に移住したときに麻疹ウイルスを持ち込み、それまで誰も麻疹にかかったことのなかった先住民で広がり、たくさんの人を死亡させ、人口を激減させたと言われています。しかし1963年に麻疹のワクチンが開発され現在、世界中のほとんどの国々の子どもは、ワクチンを公費(国の負担により無料で)で接種することができるようになりました。ワクチンを接種して抗体を持った人の割合が増えると、その集団では麻疹の流行が起こりにくくなります。つまり、ある病気が流行したとしても、ワクチンを打って抗体を持つ人が多ければ多いほど、感染がより広がりにくくなり、社会を防衛することにつながります。参照:ワクチンの働き(リンク


ワクチンを打てない人たちを繭(まゆ)のように守る
~コクーニング~

つぎに集団免疫がどのように働くのかを、図で見てみます。右の図はある集団における感染症の広がりを示しています。青は抗体をもっていなくて元気な人、黄色は抗体をもっていて元気な人、赤は抗体をもっていなくて感染し、感染力があるひとです。

誰も抗体をもっていない集団に、感染力のある赤い人が2人いるとあっという間に感染が広がります(A)。抗体を持っている人が何人かいると、感染症は抗体を持っていない青い人たちを介して広がります(B)。さらに、抗体をもっている黄色い人が大多数を占めるようになると(C)感染は広がらず、抗体をもっていない少数派の青い人たちも感染しません。

この抗体を持った黄色い人になるために有効なワクチンですが、中には様々な理由でワクチンを打てない人もいます。冒頭でお伝えしたように、たとえば1歳未満の子どもや妊婦は、水痘(水ぼうそう)、麻疹(はしか)、風疹(三日ばしか)などの生ワクチンを打つことができません。そのような人たちを守るためには、同居する家族や、同じコミュニティの人たちがワクチンを打つことで、彼らに感染するのを防ぐことができます。繰り返しになりますが、この考え方を、繭(まゆ)のように守るという意味で、コクーニング(cocooning)と呼びます

図1wikipediaから転載) ※上から順番にA、B、Cと名前をつける

 

 基本再生産数と集団免疫

では、ある集団で、感染症が広がらないためには、どれくらいの割合の人が抗体を持てばよいのでしょうか。これを示しているのが集団免疫閾値(いきち)です。たとえば上に述べた麻疹(はしか)の場合は、おおむね95%以上の人が抗体を持っている必要があります。これは感染症にかかった一人が何人に感染させるかの平均人数を示した基本再生産数(R0、アールノート)をもとに

 集団免疫閾値=1-1/R0(%)

の式で、算出することができます。


たとえば麻疹の基本再生産数は12-18(1人から約12-18人の人に感染する)ので、1-1/18=0.94となり、94%です。一方、おたふくかぜの基本再生産数は4-7なので、1-1/4=0.75(75%)と分かります。つまり、感染力が強い感染症の感染拡大を予防しようと思うと、たくさんの人が抗体を持っている必要があるのです。

なお実際には、ひとりの感染者が生み出す感染者の平均人数は、年齢、場所、行動など、集団を構成する人たちの背景で大きく変わります。この考え方はあくまでも理論的なものであり、実際の応用にはさらに複雑な理論が用いられることに注意が必要です。

図2 各感染症の基本再生産数 


まとめ

ここでは、ある集団を感染症から守るための、集団免疫という考え方をご紹介しました。抗体を持つ人たちを増やすためには、感染症にかかるだけではなくワクチンを打ったことがある人たちを増やすことが有効です。またこれによってワクチンを打てない人たちを守る(コクーニング)ことにもつながります。ワクチンが普及すると、その病気にかかりにくくなるため、その病気が流行しなくなったように見えます。しかし実は陰ながらワクチンが守ってくれているのです。そういった意味で、ワクチンは社会を守る縁の下の力持ち、ともいえるかもしれません。

 

 

参考文献

1)サンドラ・ペンデル、ビジュアルパンデミック、伝染病の起源・拡大・根絶の歴史、麻疹、2020, 日経ナショナルジオグラフィック社

2)Plotkin、Plotkin’s Vaccine 7th edition, chapter 77, community protection、pp.1512-1531,2018,Elsevier